都電もなか

昭和52年より愛され続ける「都電もなか」

 

原材料にこだわり、試行錯誤を繰り返し完成した「都電もなか」。昭和52年に商品化し、地元のお土産としてたくさんの方に愛され続けている商品です。 原材料の吟味・風味・口当たりに特に心を配っております。餡・最中種は、試行錯誤を繰り返し、何種類にもおよぶ中から選び抜きました。現在では、都電型の焦がし最中種に、北海道産最高級小豆使用の潰し餡、白玉粉から拵えた短冊状の求肥餅を入れて、遊び心豊かな都電のミニチュアパッケージに収めました。是非皆様でご賞味ください。

パッケージまで丸ごと「都電」

「都電もなか」の個包装の箱には、都電のかわいい手書きイラストが刷られています(全7種)。また、10輛入りの包みは車庫に、14輌以上は蓋がすごろくになっており、遊び心も満載。年齢を問わず、皆様に楽しんでいただけるように趣向を凝らしております。

上蓋にかわいらしく描かれているのは、都電荒川線路線図。「すごろく」としても遊ぶことができ、小さな旅の土産品としても好適です。

また、当店の「都電もなか」は「1箱」ではなく「1輌」と呼びます。パッケージにも歴代の都電デザインを使用。ここにもこだわりを込め、幅広い方々に愛していただける商品となっています。

店内は都電愛にあふれ、来店された芸能人の写真・サインなども多数。見ても楽しんでいただける店内でじっくりとお気に入りの1輌をお選びください。

 

【都電もなかのいわれ】

明治44年から昭和40年代まで那旦竺品として都内を縦横に走っていた都電が自動車交通血の増大に伴い、東京都が都電全面撤廃を決定。 この決定に(現在の)「荒川線」の利用者や沿線住民から、存続運動の声が上がり始めた。

下町情緒豊かな町並みに溶け込んでいる庶民の足「都電」が無くなってしまったら…。何とかして、残せないものだろうか。もし、存続が難しいのならば、何かの形で残せないものだろうか。ここに「都電」が 通っていた証になるものを・・・。

そんな想いで考案したのが、昭和52年に商品化した「都電もなか」です。
以前から地元に土産品が無かったことや、地域に根付いた「都電」の形で 菓子を拵えたいと言う思いの中から、
親しみやすく、庶民的で下町の風情があり、土産物としてある程度の日持ちがし、形を表現しやすい物として、「最中」にいたしました。
原材料の吟味・風味・ロ当たりに特にこだわりを持ち、餡・最中種も何種類にも及び試行錯誤を繰り返し、
現在の都電型の焦がし最中種に北海道産最高級小豆使用の潰し餡・白玉粉から拵えた短冊状の求肥餅を入れて、
遊び心豊かな都電のミニチュアパッケージに収めました。10輌入り箱は、都電の車庫になっており、10輌入り以上の化粧箱は、
上蓋に都電荒川線路線図を可愛いイラストで「すごろく」にし、「都電の小さな旅の土産品」として思い出話と共に皆様に楽しんでいただけるよう、工夫をいたしました。

発売以来、40数年過ぎても、日々、ご遠方のお客様からもお問い合わせを頂戴いたしており、感謝の念に絶えません。
皆様のお越いを従業員一同、心よりお待ちいたしております。